ウザがられてはいないのだ。
YMCAのPVはおもしろいなぁ。
なぜならば、若々しい人間がいろいろな人間の扮装をして、大丈夫そうな踊りを踊るからだ。
大丈夫な人間のフリをすることで、人類が滅亡することから目をそらして、日々の生活を送ることができるからだ。
そして、このYMCAという人間が作成した人間の音楽は、沢山の人間に受け入れられているのであり、日本では西条人間が白熱して歌唱することで人類が滅亡することから目をそらし、フィンランドではグレゴリウス人間が歌唱しているがグレゴリウス人間の歌唱は人類が滅亡することから目をそらすことを許さず、どことなくすべてが終了する諦念の思いを触発させるのです。
そうした諦念の思いが誘い出してくるものは不安感で、不安感というものは此の世に人間が投げ入れられている不安感であり、それは不安感というより人間不安感人間というものだ。
人間不安感人間が露呈されると日常生活が送れなくなるので、比較的大きな、そして比較的深い穴を掘って、人間不安感人間を埋めなければなりません。
だから。
人間不安感人間を穴を掘って埋めなければならないのです。
そうしたわけで。
人間不安感人間を穴を掘って埋めなければならないのです。
こうして。
グレゴリウス人間の諦念の思いは合理性の元に隠されていくのです。
ああよかった。
人間はウザがられていないのだ。
人間はウザがられていないのだ。