昔話:搭濡森の曽根吉

曽根吉は井戸の中に落ちてしまいました。その前は人混みが苦手で、お父さんとお母さんに連れられて、大きな道を歩いていました。すると、遠くのほうから提灯に照らされて、瀬田園や御園浦和がやってきました。


「ほうほう。己はお父さんとお母さんに連れられてきたのか」

「ほうほう、これはゆかいじゃ」


瀬田園と御園浦和はこのように曽根吉を罵りました。罵られた曽根吉は、真っ赤な顔になって怒りだしました。


大きな道は小さな道になり、人も多くなります。お父さんとお母さんは曽根吉を守るため、曽根吉の前のほうと後ろのほうに陣取ります。


「曽根吉、人はいないから大丈夫だぞ!」

「曽根吉、人なんていないわ!」


そう言われた曽根吉は、「両親なんていなければいいのに」と思い、十濡山のすそ野に向かいます。しかし、お父さんとお母さんに止められて、十濡山のすそ野には行けませんでした。


曽根吉の両親は、曽根吉の人混み嫌いをどうにか回復させるため、十濡山のすそ野にある、尾曾塗様にお願いすることにしました。


尾曾塗様というのは、人間ではありません。小さい頃は小学校に通っていましたが、二回の戦役が終わると故郷に戻り、嫌な人たちと縁を切ってしまいました。そうしたことにより、尾曾塗様は一時期“尾曾塗”と呼び捨てにされていましたが、そのことにより人混みが苦手になり、小さな道を通ることができなくなったのです。小さな道を通ることができなくなった尾曾塗は、辛抱を重ねて大きな道を通ることができるようになりました。このことから、尾曾塗は“大きな道の尾曾塗”と呼ばれるようになり、やがては“尾曾塗様”と呼ばれるようになったのでした。


翌日、曽根吉は両親に連れられ、十満山のすそ野に連れていかれました。その途中、瀬田園と御園浦和に出会いましたが、二人は死体のように冷たくなっていたので、もう罵られるようなことはありません。曽根吉は、「これはゆかいじゃ、これはゆかいじゃ、これはゆかいじゃ」と言いました。


尾曾塗様のところにやってくると、両親は尾曾塗様に深々と頭を下げ、曽根吉の人混み嫌いを治す方法を尋ねました。すると尾曾塗様は、「そんなものは簡単じゃ。南の山に住むという如上腿の駆け須美を失敬してこい。そうすれば人混み嫌いは治るであろう」と言い出しました。これを聞いた両親は大喜び。慌てて曽根吉に旅支度をさせ、南の山に向かわせました。


しかし、曽根吉は如上腿というものがどんなものか知りません。曽根吉は南の山に向かいながら、道行く人に尋ねました。まずは旅の商人に尋ねます。


「もし、商人や、お前は如上腿というものを知らぬか」

「へへえい、曽根吉様。それは大変美しいものでございます。この世に二人といない、絶世の美女なのです」

“はて?如上腿とは人の名前だったか。それも女性とはいかん”


どうやら如上腿は女性の名前だったのです。ですが、女性というだけではいけません。曽根吉は、次に出会ったお侍にも尋ねます。


「もし、お侍や、お前は如上腿という女性を知らぬか」

「へへえい、曽根吉様。それは女性ではありません。それは古狸の化けた姿です」

“これはうっかりするところだった。商人は古狸の化けた姿に騙されたのだな。如上腿とは古理だったのだ。だがしかし、古狸もたくさんいます。曽根吉は次に出会ったお殿様にも尋ねます。


「もし、お殿様や、お前は如丈腿という古狸を知らぬか」

「へへえい、曽根吉様。如上腿とは古狸にあらず、それは古狸に化けた古狐なのですぞ」

“なんとややこしい。如上腿とは古狸に化けた古狐のことだったのか”


しかし、古狐のほうが古狸より生息数が多いといわれているので、どのような古狐が如上腿なのかわかりません。曽根吉は次に出会った学者様に尋ねました。


「申し訳ありませぬ、学者様。私は如上腿というものを探している愚か者でございます。道行く人に尋ねましたが、如上腿は女性であり、女性に化けた古狸であり、古狸に化けた古狐と言われてしまい、とんと見当がつきませぬ。どうか愚かで何もできない私に、如上腿がどのようなものか教えてはくださらぬか」

「なんと向学心のある少年か。如上腿のことを知りたいという少年がいるということが、どれだけ国とためになろうか。次の大戦で兵士を突き殺すことができるであろう」


学者様はそういうと、曽根吉を自宅に招き、如上腿のことを教えました。すると、曽根吉は如上腿がどういうものか見当がつき、南の山に住む如上腿のもとにたどり着くことができました。学者様の教えにより素直になった曽根吉は、如上腿に素直に駆け須美を欲しいと告げました。すると、如上腿は言います。


「そぬんちはこのん後におよんんでいまだにぃ駆け須美がほしいとおおもおおうすのか。そおぬればそれんは愚かしい。そおおうもそおおんもおお己は、人混み嫌いいをなおオンすのが目的んではなかろうか。なんんにんんの人に出会っああったんか」


如上腿のこのような発言を聞き、曽根吉は、はっと気が付きます。


「そうだ、おり(※曽根吉は愚かなので、自分のことを“俺”はなく“おり”と言う)はすでにいろんな人に出会ったのだ。なかには嫌な商人もいた。嫌なお侍もいた。嫌なお殿様もいた。嫌な学者様もいた。もうすでにおり(※曽根吉は愚かなので、自分のことを“俺”はなく“おり”と言う)は人混みも大丈夫のだ」


そうした気づきを得ると、曽根吉は小さいほうへ小さいほうへ進んでいきました。


「おお。ここがおり(※曽根吉は愚かなので、自分のことを“俺”はなく“おり”と言う)の場所だ!」


そう叫ぶと曽根吉は井戸の中へと落ちていったのでした。


両親は少し嫌な気分になりましたが、仕方ないと受け入れ、老衰しました。


これが搭濡森の曽根吉のお話です。