人の行為を評価することほど無粋なことはない。

鈴本演芸場に行っていました。。。
そしてそれは古今亭菊之丞師が『幇間腹』をかけていたときに起こったんです。。。
僕の前の列に座っていたおばあさんの携帯電話が鳴り出したんです。。。

演芸中に携帯が鳴り出す方のことを誹謗中傷するようなコメントをたまに見かけることがあるけれども、それは見当違いというものだ。なぜならば、おばあさんの中には携帯電話の操作がわからない人もいるだろうし、そもそも“電源は切れるものだ”ということさえわからない人もいるかもしれないからだ。まして、その方がおばあさんであるのなら、ひょっとしたら最愛のおじいさんが危篤状態であり、いつでも電話を取れるようにしておかなければならいといった鬼気迫る状況であるのかも知れない。そんなおばあさんに対して、僕らは「あなたの携帯電話の音色は迷惑なのだ!携帯電話の電源は今すぐ切るべきなのだ!」と指摘することができるだろうか?

だから、菊之丞師の『幇間腹』がとてもおもしろくて涙を流して笑っていた僕は、その笑いを一時中断して、苦々しい笑みを浮かべながらおばあさんを見つめていたんです。。。
それが共生社会であり人間の暖かみであり人類愛であり絶対幸福であり絶対道徳で倫理的に高貴な人間の行為なのです。。。

すると、おばあさんは慌てて携帯電話を取り出して、着信を拒否しました。

“ああ。きっとこのおばあさんは今、申し訳ない気持ちで一杯なんだろうな。会場のみんなに謝罪をしたいような気持なのだろうな。でも大丈夫だよ、おばあさん。人は誰でもしくじりをするものさ。自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなってしまうような粗忽者だっているのだから、そんなに気落ちする必要はないんだ。今日の出来事は明日になれば確実に過去になるんだ。だから、そんなつまらない過去の出来事には引導を渡して、また明日から元気に頑張ればいいじゃないか”・・・このおばあさんを見つめながら、僕はこんなふうに思ったんです

だがしかし!!
このおばあさんは!!
なんと!!

いったん着信を拒否した携帯電話を操作し続け!相手に折り返しの電話をしだしたんだ!
菊之丞師が目の覚めるような名人芸で『幇間腹』を演じているにも関わらず!

・・・さすがに椅子の下に潜って小さな声で喋っていたけど、この驚きの光景に、僕はもう落語どころではありませんでした。。。

だがしかし、ここでこのおばあさんを誹謗中傷してはいけません。。。
それは見当違いもいいとこです。。。

きっとこのおばあさんには、危篤状態である最愛のおじいさんさんからの緊急連絡のような、落語を聴いているにも関わらず電話に出なければならないような、そんなやむを得ない事情があったに違いないのです。そうでなければこのおばあさんは悪人になってしまう。他人のことなんて気にせずに平気で携帯電話で話をしだす悪人になってしまう。でも、菊之丞師の『幇間腹』を聴きながら無垢な笑顔を見せていたこのおばあさんが、そんな悪人のはずがない。ただ、おじいさんが死にそうなだけなんだ。ただそれだけのことだ。人が死にそうだから電話に出たんだ。ただそれだけなんだ。。。仕方がないことなんだ。。。

人生は驚きと謎に満ちています。
私が日常と感じていることやあなたが正常と感じていることは、単に此の世との規約のひとつに過ぎません。別の規約が結ばれれば、日常は無常にも更新されるということがあり得るのです。今日の鈴本演芸場では、そうした現在の果敢なさを学ぶことができました。

ありがとう、おばあさん。

そして、今日はこんな感じでした・・・

前座:春風亭一猿『転失気』
三遊亭歌扇『子ほめ』
林家二楽紙切り
橘家圓太郎『壺算』
古今亭菊志ん『花見小僧』
のだゆき(音楽パフォーマンス)
古今亭菊之丞幇間腹
三遊亭歌武蔵『漫談』
~お仲入り~
ホームラン(漫才)
三遊亭歌奴『棒鱈』
伊藤夢葉(奇術)
三遊亭鬼丸『茶金』