短編:峠にて。

診橋さんは診畠さんと会話をしていました。それは会話ではなく対話です。

診畠さんはこう言います。
「診橋さん、診橋さん。おまいさん(※1)はどうして毎日この峠にきては眠たそうな目をしているのだい?」

診畠さんはいつもこうしたことを言うので、診橋さんはいい加減いやな気分になります。

「頭髪は薄くなり・・・肌に皺が寄り・・・腹は出て・・・筋力は落ち・・・」

「なんだい診橋さん。今日はいつもと違うねぇ。どうしたっていうんだい」

診橋さんは小さい頃からこうしたことをよく考えるほうでした。しかし、いつも診畠さんが話しかけてくるので、こうした考えはあまり人には伝えず、じっとしながら生きてきました。


「しかし加齢臭は加わり口臭は押さえきれず息切れはし無理はできず・・・酒量は増え・・・集中力はなくなり・・・」

「ああそうだ。診橋さんの言う通りだ。人というものはそうした歩みを歩むものだ。おり(※2)も峠に行くときには息が切れるしたまらん」

「家にいると不安になり・・・外出すると家に帰りたくなり・・・ふくらはぎは吊りやすく・・・」

「ああそうだ。ああそうだ」診畠さんの顔はみるみる白くなり、それは死んだ人のようです。

「眠れず・・・起きれず・・・加齢するとはこういうことなのかと日々実感しながらそれでも「今度こそ!」と前を向き・・・歩き出し・・・倒れ・・・」

「ああ。思えばこの峠にきて眠い目をしていたのはおりのほうかもしれん。小学生のころ食堂の二階にある倉庫に入ったのもおりだ。家の中ではいつも最後に風呂に入る・・・」

「頭髪は薄くなり・・・肌に皺が寄り・・・肥え・・・未来の地平は閉じず・・・開かれ・・・過去の地平は現在に絡みつき・・・泣き・・・前を見て歩き出し・・・倒れ・・・」

「診橋!診橋!」

診畠さんはそう叫ぶと死んでしまいました。診橋さんはもう眠くはありません。峠を降りて、自分の家に帰ります。





※1・・・診畠は他人のことを“おまい”と言う。
※2・・・診畠は自分のことを“おり”と言う。