理性の理性の理性の汚物。
今読んでいる本に関係あるんだけど、すごいことに気づかされた!
「社会」なんてないんだ!
「社会」っつーのは作られた概念で、現実には無いんだ!
無いにもかかわらず、僕らはさも在るかのように振舞っているからいろんなところで不具合が起きるんだ!
現実にあるのはせいぜい「世間」くらいです。
呪術と儀式の様式が凝り固まった「世間」くらいです。
呪術と儀式の様式が凝り固まった「世間」くらいです。
「社会」っつー概念は、現実の有り様を言葉で言い当てたものではなくって、現実経験から推論を重ねていった先におもい描かれる理念の王国なんだ。
つまり、理性の汚物みたいなもんだ。
僕たちが理性を信じていた頃は、「社会」っつー概念が実在的なものだと了解されていたけど、それは昔の人が妖怪や幽霊を信じていたのと似たようなもんで、実体のない観念の総体を実在的なものだと思い込んでいるに過ぎないんだ。
しかも、理性の王国は日本ではなく向こうの方らしい。
ってことは、もともと日本にはない考え方で作られた「社会」という概念を、日本にも在るように錯覚してしまったことからおかしなことになってしまっているんだ。
しかも、理性の王国は日本ではなく向こうの方らしい。
ってことは、もともと日本にはない考え方で作られた「社会」という概念を、日本にも在るように錯覚してしまったことからおかしなことになってしまっているんだ。
ソーシャルワーカーっつー職種があります。
僕もその一人です。
その職種の中は「社会」っつーのが中心概念になってきます。
だがしかし、「社会」なんてないんだ。
僕らソーシャルワーカーは、現実に無いものをさも在るかのように振舞って仕事をしているから、「世間」からズレてしまったり、おかしなことになってしまうんだ。
そうではなくて、中心概念を「社会」じゃなくって「世間」にずらして考えてみれば、それほどおかしなことじゃくなるんじゃないだろうか?
世間ワーカー。
「精神科世間ワーカー」なんつってwww