機械部屋。

職場の四階には「機械部屋」があります。

本当の名前はこんな怪しげな名前ではないのですが、「機械部屋」があるのです。

たぶん、この部屋には、この建物の電気だとか空調だとか通信だとか、そうしたものの機械が詰まっており、おそらく、この部屋の中でそうしたもののメンテナンスや管理が出来るのだと思います

だがしかし、僕はこの部屋の中に入ったことがありません。
この部屋の中がどうなっているのかまるでわからないのです。
この部屋の中がどうなっているのか気になるのですが、部屋の扉には「関係者以外立ち入り禁止」と注意書きがされています。

・・・。

僕はこの職場の関係者であるけれどもこの「機械部屋」の関係者というわけではないだろうし、恐らく、入ってはいけないのだろう。

もし。
僕がこの部屋の中の様子がどうしようもなく気になって気になって仕方がなくなって、この部屋の中の光景を直接目で見て手で触れて確かめたくなってしまったら、それはちょっと大変なことになります。

誰にも見つからずに「機械部屋」に進入して戻ってこれればいいのですが、もし他の職員に見つかってしまったらちょっとやっかいだ。

まず、僕にはこの部屋に入る理由がない。
扉の注意書きにあるように、僕はこの部屋の中にある機械をメンテナンスしたり管理する役割ではないので、「なんでこの部屋に入ろうとしているの?」なんて聞かれたら答えようがない。
「なんだか部屋の中が気になって・・・」なんて答えても「?」ってことになって、相手は了解してくれないと思います。

なんとか相手を説得しようと、「僕は毎日毎日この部屋の中の光景が気になって気になって仕方がないのです。この部屋の中にはさまざまな人の手で作られたさまざまな機械があるのだろうが、それがどんな形でどんな仕組みで動いているのかまるでわからない。確かに僕らは毎日電気を利用して暖房や冷房を利用して、電話やインターネットを使っています。そして、それらのものを利用して、未来を最もよく予測しようとしています。だがしかし、そうしたものがどのような原理で、どのような理由で動いているのか知らずにいるということはどうしたことだろうか?僕らは目に見えない観念の仕組みを信仰して、日々の生活をしているということなのだろうか?昔の人はうまいことを言ったものだ。洞窟にとらわれて縄で縛り付けられている人を思い描いてみればよい。そうして、その洞窟に投影される影の光景を真実だと思い込んでいる人たちの姿を思い描けばよい。昔の人はそうしたうまいことを言ったものなのです。その人たちは投影された影しか見たことがないのだから、その人たちは影の本体が洞窟の後ろにあることを知らないのです。縛り付けられている洞窟の住人にとっては、その影の光景が世界の全てなので、もし「それは影であって真実が投影されたものでしかない」といったとしても、まったく通用しないだろうし、物笑いの種になるのでしょう。だがしかし、僕はこの建物の原理や理由を知りたいのです。ですから、僕はこの部屋に入って、それがどのような仕組みで動いていて、その仕組みを分有した電気や空調や通信の始原を知りたいのです。機械のイデーはこの部屋の中にあるのです。だから僕はこの部屋に入らなければならないのです。」などと口走ったら大変です。
「ああ。この人間はなんとわけのわからないことを口走るのか。機械のイデーなどというものはあるはずがないではないか。日常から逸脱しているのではないか」と評価され、僕はたちまち入院させられてしまうでしょう。

そして、健全で常識的で人間味あふれた人間たちによってたかって治されて、「ああ。この人は日常生活に疲れているのだな、もしくは、そうした疲れから休養が必要な状態になっているのだな。」と判断されて、正常にされてしまうのです。




機械のイデーなんてない。

僕らは洞窟にとらわれて縄で縛りつけられて生活しなければならない。




そうした理由から、もし健康的に日常生活を営みたいのなら、僕は職場の四階にある「機械部屋」を覗いてはいけないのです。




だがしかし、そうした日常とイデーの境界の場所は此の世のいたるところにあります。



僕のアパートの屋根を僕は見たことがないけど、アパートの屋根を見たいとアパートによじ登ったら「異常」とされる。
ゆえに「アパートの屋根」は境界の場所。

僕は目に見える鉄塔の上の部分に実際に触れたことがないけど、この上の部分に触れたいと鉄塔によじ登ったら「異常」とされる。
ゆえに「鉄塔の上の部分」は境界の場所。

僕はファミレスの厨房を見たことがなく、本当に作っているのか、それともレトルトものを温めているだけなのか確認したくなって、ファミレスの厨房に侵入していったら「異常」とされる。
ゆえに「ファミレスの厨房」は境界の場所。

僕は彼の世がどうなってるか見たことがないから、彼の世がどうなっているのか見てみようと努力すると「異常」とされる。
ゆえに「此の世」は「彼の世」との境界の場所。





・・・。




あ。




「此の世」と「彼の世」の境界を崩してくれるのは庶務課のおっちゃんだ!!!!


今度の「機械部屋」のメンテの時に、庶務のおっちゃんと一緒に入ればいいのだ!!!!


そうすれば僕は正常のまま機械のイデーに触れることが出来るのだ!!!!