短編小説:「悲しい幸美さん」

幸美さんは、お母さまからもらった大切なものを無くしてしまいました。とても悲しい気持ちになり泣いていると、幸美さんはお母さまに対して申し訳ない気持ちになってきました。
「ああ。お母さまにどんなふうに言えばいいのだろう。大切なものを無くすということは、こんなふうにつらいことなのだ。できることならば、無くしたなんていうことは、伝えたくないものだなぁ」

そうして、幸美さんは、出かけました。すると、前のほうから老人が歩いてきました。その老人は、黒色の切れ切れのような外套を羽織り、学生さんのような薄気味悪い恰好をしていました。幸美さんは老人に話しかけます。
「老人さん。私はお母さまに大切なものを無くしたことを伝えなければならないのだわ。なにか良い方法はないものかしら」
老人は不気味な気持ちになって、逃げだしてしまいました。

幸美さんは腹立たしい気持ちになって、持っている石を老人に投げつけて、こう言いました。
「老人なんて死んでしまえばいいのだわ。老人なんて!」

しばらく歩くと、今度は学生さんが前のほうから歩いてきました。その学生さんは背中が曲がり、小さな背中で、ひょこひょこと薄気味悪い恰好でした。幸美さんは学生さんに話しかけます。
「学生さん。私はお母さまに大切なものを無くしたことを伝えなければならないのだわ。なにか良い方法はないものかしら」
学生さんは、にっこりと笑いながら、こう言いました。
「娘さん。あなたは大切なものを無くしたというけれども、それはいったい何なのだね。少し私に話してくれないかい」
幸美さんは学生さんに、大切なもののことを話しました。その話を聞くと、学生さんは涙を流しながら「うん。うん。それは悲しいことだ。お母さまにちゃんと謝るのだぞ」と言いました。幸美さんは悲しい気持ちになりながらも、「ちゃんと謝るのであれば、お母さまはわかってくれるのだと思う。先ほどの老人はなにもせずに逃げ出してしまったが、学生さんは気持ちのいい人だ。ありがとう」と言い、家に帰りました。

そうして、夕ご飯を食べてから眠りました。